会津の歴史 戊辰戦争百話

第九十五話:ウィリス博士の見た戊辰戦争

●中須賀哲朗訳『英国公使館員の維新戦争見聞記』より抜粋

「政治的なことがらについての私の知識は、はなはだ不充分であり、また矛盾だ

らけでもあるので、ほとんどいかなる話を聞いても自信をもって判断することがで
きないのである。これまで非常にたくさんの相反する風評を聞いてきたから、一体
どれを信頼して認めたらよいかわからないのだ」
■民衆の貧困
「残念ながら、会津藩政の苛酷さとその腐敗ぶりはどこでも一様に聞かれた。今
後十年二十年に返済するという契約で、会津の藩当局が人民に強制した借款につい
ての話がたくさんあった。会津の国の貧しさは極端なものである。家並は私が日本
のどこで見たものよりもみすぼらしく、農民も身なりが悪く、小柄で、虚弱な種族
であった。この国で生産される米はみな年貢として収められねばならなかった。
戦争で破壊されるまえの若松とその近郊には、三万の戸数があり、そのうち二万
戸には武士が住んでいて、あらゆるものがこの特権階級の生活を維持するために充
当されたり税金をかけられたりしたということだ」
■戦禍
「私はしばしば負傷した捕虜がまったく見当たらないことに重大な意味を感ずる
ことがあったので、機会があるたびに、理由もなく人命を犠牲にすることの非人道
性を指摘し、この戦闘で日本政府が敵の捕虜にたいする憐憫の情があることを立証
しえない失望感を表明してきた。それにたいする弁明として、会津兵の捕虜は天皇
の威光をきわめて悪しざまに侮辱するので、負傷者といえどもその生命を許してお
くわけにはいかない、といわれるのだ。しかし総督の従者が、戦争における人道主
義と他の国々で行われている負傷した敵兵にたいしての情深い行為にかんして、私
が話したことを、みな十分に主君につたえようと約束してくれた」
「会津兵は天皇の軍勢の戦闘員ばかりか、彼らの手に捕らえられた人夫たちまで
も殺したといわれる。この話の確証として、四日間も雪のなかに倒れていて両足の
機能を失った一人の人夫にあったことを、私はここに記しておきたい。その人夫は
もし会津兵につかまったならばむごい死に目にあわされていただろう、と私に語っ
た。そのほか、私は若松で世にも悲惨な光景を見た。たくさんの死体が堀から引き
上げられたが、彼らの両手は背中にうしろ手に縛られ、腹が深く切り裂かれていた
のだ。
私は会津の徒党のでたらめな残酷物語をいろいろと耳にした。長岡で、彼らは天
皇側の病院にいる負傷兵や医師たちを皆殺しにした、と聞いた。会津兵が越後に退
却して行く途中、彼らは女たちを強姦し、家々に盗みに入り、反抗する者をみな殺
害したのである。一方、会津の国では、天皇の軍隊は各地で略奪し、百姓の道具類
までも盗んだという話を聞いた。これらの話の事実がどうであれ、戦闘にともなう
無残な人命の犠牲が、戦場が若松に近づくにつれてはげしさの度合いを増していっ
たことは疑いもない。
■民衆の動向
「若松城の明け渡しののち、会津侯父子と家老たちが囚われの身として暮してい
る寺は若松からちょっと離れた、住み心地のわるそうな小さなあばら家であった。
たまたま私がここを訪れた時、会津侯や息子や家老たちが、約三百名の備前藩士に
守られて江戸に向かうところであった。あきらかに侯と息子は大きな駕籠を利用す
ることが許されていた。しかし、一緒に行く家来たちは粗末きわまりない駕籠があ
てがわれてはいたが、家老や従者らは徒歩であり、刀を奪われてまる腰のまま、ま
ったくうらぶれて悄然たるありさまだった。護衛隊の者をのぞけば、さきの領主で
ある会津侯の出発を見送りに集った者は十数名もいなかった。
いたるところで、人々は冷淡な無関心さをよそおい、すぐそばの畠で働いている
農夫たちでさえも、往年の誉れの高い会津侯が国を出てゆくところを振り返って見
ようともしないのである。武士階級の者のほかには、私は会津侯にたいしても行動
を共にした家老たちに対しても、憐憫の情をすこしも見出すことができなかった。
一般的な世評としては、会津侯らが起こさずもがなの残忍な戦争を惹起した上、敗
北の際に切腹もしなかったために、尊敬を受けるべき資格はすべて喪失したという
のである」
■ウィリアム=ウィリス
新政府の大総督に招聘された英国人医師。横浜軍陣病院で上野の彰義隊や奥羽・
北越戦争の負傷兵の治療にあたった。この病院がのちに神田和泉町の旧藤堂邸に移
され、かつての幕府医学所と合併して、東京大学医学部の前身である東京医学校兼
病院が設立されるや、東京開市にあたって副領事につく予定が変更されてその病院
長となった。
しかし新政府が医学の範をドイツにとることを決定するにおよんで鹿児島医学校
兼病院に赴任。西南戦争が起きるに及んで日本を去った。
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